標準機能
拡張機能
  1. 蛍光顕微鏡 BZ-X700 HOME>
  2. 顕微鏡の歴史>
  3. 光学顕微鏡の発展【歴史】

顕微鏡を知る

顕微鏡の歴史

光学顕微鏡の発展

 17世紀後半にオランダのアントニー・レーウェンフックが単式顕微鏡(レンズ1枚の顕微鏡)を作成。これはレンズ1枚という現在の虫眼鏡に近いものでしたが倍率は200倍以上にも達して、当時としては画期的な発明でした。レーウェンフックはこの顕微鏡を用いて、微生物や精子を発見しました。

 同じ頃、イギリスのロバート・フックが対物レンズと接眼レンズの2枚のレンズを組み合わせた複式顕微鏡を作成します。フックはコルクの組織を観察し、それが蜂の巣の房室のごとく小さな部屋の集まりに見えたことから、小部屋(cell)と命名しました。生物学の「cell(細胞)」という言葉はこれをきっかけに使われるようになりました。

 当時はレンズの収差などの問題から、2枚のレンズを組み合わせることで逆に精度が落ちて、解像度は単式顕微鏡よりも低かったようです。

 19世紀になると、レンズそのものやレンズの組み合わせによる収差の補正などにより、ドイツのツァイス社やライツ社を中心に顕微鏡の解像度は飛躍的に向上していきます。特にドイツのエルンスト・アッベは顕微鏡の理論的・技術的な改良を行い、現代の光学顕微鏡の基本型を確立したといっても過言ではありません。

 20世紀になると、様々な観察方法が発明されます。暗視野顕微鏡は直接照明光が対物レンズに入らないように照射し、試料で散乱された光を観察します。位相差顕微鏡が1930年代に、1950年代には微分干渉顕微鏡が発明され、生物細胞など透明な試料を高倍率で観察するのに大きく貢献することとなりました。同じく1950年代には共焦点レーザー顕微鏡が開発され、よりクリアな画像で観察する道が拓かれたのです。蛍光顕微鏡は20世紀初頭から蛍光色素の開発と共に発展していきました。

 分解能や様々な観察手法が飛躍的に発展していた光学顕微鏡ですが、19世紀にはジョージ・エアリーの研究によって、光の性質から分解能には限界があることが分かってきました。その後、アッベが開口数(N.A.)という概念によって、可視光のもとではレンズの性能をいくら高めても200nm程度までしか微細な物体を観察することができないことを証明。それが拡大観察の新たな挑戦をもたらすことになります。

<< 顕微鏡の誕生

電子顕微鏡の開発 >>

このエントリーをはてなブックマークに追加

▲ページトップへ