研究・開発現場レポート - ハイスループットを実践されている研究室のインタビュー

第10回 - 誘電泳動の原理で社会に貢献

山川 烈 氏

九州工業大学大学院
生命体工学研究科教授
財団法人ファジィシステム研究所所長
工学博士
山川 烈 氏

産業医科大学病院
臨床検査・輸血部主任
財団法人ファジィシステム研究所主任研究員
博士(工学)臨床検査技師
今里 浩子 氏

「白血球の早期診断に役立つ臨床検査技術を確立したい」

 2009年1月、今里氏は研究成果を日本機械学会で発表したところ、反響が大きく出席者からは質問が相次いだ。誘電泳動力と重力の関係で微粒子の動きを操作できるという事実とともに、研究者の注目を集めたのが、フェムト・ニュートンという極めて弱い力を把握できた点だ。山川氏によると、「従来、これだけ微弱な力を計測できる機器は私の知る限り存在せず、今回初めて実証したのではないか」とのこと。

第6回 Cherry Blossom Symposium にて

第6回 Cherry Blossom Symposium にて



 現段階は、誘電泳動力と重力の均衡によってポリスチレン・ビーズを静止させることができたという、いわば研究のファースト・ステージ。今後の課題は、誘電率の異なる物質がそれぞれどういった挙動を示すのかを解き明かすことにある。それを経て、将来は電圧や周波数、傾斜角度によって、微粒子を自在に移動させることが可能になる。さらには、今里氏の研究のゴールである異常白血球の正確なスクリーニングの実現につながっていくはずだ。
「まずは白血病の臨床検査に役立つ技術の研究をめざしますが、白血病以外にも腹水にがん細胞が含まれていないか、などにも応用が利くと考えており、誘電泳動による臨床検査技術をぜひ確立したいと願っています」

 基礎実験に成功した現在、今里氏の夢はますます広がっている。

研究体制が整い、今後は実用化に向けた取り組みが進む

 現在、山川氏および今里氏と連携して誘電泳動の研究を進めている一人が、博士後期課程の江口正徳氏だ。従来、ファジィシステムのソフトウエアに関する研究を進めてきた。今里氏から臨床検査における精度向上の話を聞いて、ソフトウエア分野での貢献が可能と考え、共同研究に参加した。誘電泳動の基礎研究が進む中で、微粒子の挙動をどう分析して実用化につなげていくか、という点でソフトウエア分野は重要な研究となっていく。今里氏と同様、実験用のデバイスづくりから取り組んでいるという。さらに、2009年春から大学院生として篠塚秀平氏が新たに研究に本格的に加わる予定だ。細胞の分離技術の確立をめざしていくという。

 山川研究室では研究体制が整ってきたことで、誘電泳動の実用化に向けた研究が着々と進んでいる。今里氏は白血球と赤血球を分離する実験をすでに始めており、今後研究が大きく前進するものと思われる。

 研究員に共通しているのは、研究成果を社会に役立てたいという強い思いだ。その背景には、山川氏の研究に対する信念がある。工学部の役割について山川氏は次のように語っている。
「“工”の字は、上の一が森羅万象であるのに対して、下の一が人間の社会。両者をつなぐものが“工”であり、科学で社会に貢献する技術を生み出すのが研究者の使命なのです」

 誘電泳動を臨床検査に生かす研究は緒に就いたばかりだが、基礎実験に成功した現在、大きな可能性の扉が開いたといえよう。今後、企業との共同研究への取り組みも十分考えられる。実用化の夢はそう遠くない未来にかなうのかもしれない。

誘電泳動の研究メンバー。左から今里氏、山川氏、篠塚氏、江口氏

誘電泳動の研究メンバー。左から今里氏、山川氏、篠塚氏、江口氏



(2009年2月現在)

<豆知識> 誘電泳動

不均一な電場内にある物質(微粒子)が、特定の電場とそれによって誘導される双極子モーメントの相互作用で動く現象。電気泳動では、物質は電気力線に沿って電極に向かって動くのに対して、誘電泳動は電場強度の傾きで移動するため、電気力線に沿うとは必ずしも限らない。また、誘電泳動では、物質の分極率によって、正の誘電泳動と負の誘電泳動があるほか、同じ分極率でも誘電率によって挙動に相違が見られる。この原理を応用して、生体試料の同定や分離、ハンドリングの研究が進められている。

プロフィール

山川 烈 氏
九州工業大学大学院生命体工学研究科 教授
財団法人ファジィシステム研究所 所長
工学博士
1969年、九州工業大学電子工学科卒業。71年、東北大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程修了(工学博士)。東北大学および熊本大学の工学部助手、熊本大学工学部助教授を経て、89年、九州工業大学情報工学部教授に就任。90年、財団法人ファジィシステム研究所を設立し、同理事長に就任。93年から97年まで、九州工業大学情報工学部長。2001年から九州工業大学大学院生命体工学研究科教授。
そのほか、財団法人飯塚研究開発機構の理事、日本ベンチャー学会の副会長、文部科学省「21世紀COEプログラム」の拠点リーダーなど、多数の役職を歴任。
受賞歴は、「KEDRI最優秀科学者賞」をはじめ、「WAC 2006 Special Award」「日本知能情報ファジィ学会 業績賞」「ルーマニア・Pitesti大学の名誉博士号」など多数。
専門分野は、電気化学デバイスをはじめとして、電気機器、半導体集積回路、ファジィ論理、神経ネットワークモデル、電気泳動および誘電泳動現象を利用した生化学計測用マイクロデバイス、脳型コンピュータなど広範囲に及ぶ。
趣味も、尺八や三味線、空手、水泳、一輪車、乗馬など多彩。

今里 浩子 氏
産業医科大学病院 臨床検査・輸血部 主任
財団法人ファジィシステム研究所 主任研究員
博士(工学) 臨床検査技師
1982年、産業医科大学医療技術短期大学卒業。同年、産業医科大学病院中央臨床検査部に入職。2000年、学位授与機構にて保健衛生学士取得。2004年、九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻博士前期課程修了。2008年、九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻博士後期課程修了(博士(工学))。同年、ファジィシステム研究所主任研究員(兼任)。

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