細胞遊走(セルマイグレーション)アッセイ

血液中を移動して体内の隅々にまで酸素を運ぶ赤血球を除き、生体を構成する膨大な数の細胞のほとんどは、特定の場所から移動することなくその役割を担っています。一方で、免疫細胞のように血液中だけでなく体内組織を活発に移動する細胞も存在します。ここでは、そのような細胞の移動やそれを評価するためのアッセイについて解説します。

細胞遊走(セルマイグレーション)とその評価方法

「細胞遊走(セルマイグレーション:cell migration)」とは、細胞が元にあった場所から他の場所に移動することを指し、細胞移動とも呼ばれます。たとえば、表皮にできた傷が治癒する「創傷治癒(ワンドヒーリング:wound healing)」の過程において、この細胞遊走が見られます。皮膚に傷ができると、まず血液の凝固因子が活性化し、創傷部位に血栓を形成して止血します(出血凝固期)。次に、免疫応答によって好中球やマクロファージ、リンパ球などの炎症性細胞が傷に遊走し、壊死組織などを除去します(炎症期)。そして、マクロファージが放出する物質により周辺の線維芽細胞が傷に遊走し、修復のためのコラーゲンが産生され、血管新生が起こって肉芽組織が形成されます(増殖期)。最後に表皮組織が遊走して傷が収縮し、閉鎖されます(再構成期)。これらのプロセスを経て傷は治癒します。

また、細胞が細胞外マトリックス(Extracellular Matrix:ECM)を越えて遊走し、その場所に定着することを「細胞浸潤(セルインベージョン:cell invasion)」といいます。たとえば、細菌やウイルスの感染によって炎症が起きた場合、好中球・リンパ球・マクロファージなどの炎症性細胞が、生体防御反応として炎症部位に向かって集中的に遊走し、炎症組織に浸潤する「炎症細胞浸潤」が起こります。この他に、がん細胞などの腫瘍細胞が周囲の組織や臓器に浸潤して広がっていく「腫瘍性細胞浸潤/癌細胞浸潤」などもあります。

細胞遊走は、創傷治癒や細胞分化、胚発生などにおいて重要な役割を果たしています。一方で、細胞遊走の際に何らかのエラーが生じた場合、腫瘍形成や腫瘍転移、がん転移といった深刻な結果につながるなど、体内のさまざまな現象に深く関与しています。

細胞遊走アッセイの種類

細胞遊走アッセイでは、研究対象とする細胞の遊走能といった性質や浸潤のメカニズムを調べたり、細胞の遊走や浸潤を促す因子や条件を研究したりといったことが可能です。細胞遊走アッセイは、医薬品や化粧品による細胞遊走の促進作用の検証や腫瘍転移・がん転移の研究、それを制御するための医薬品や治療法の研究開発などに活用されています。ここでは細胞の遊走や浸潤を測定・評価するための代表的な細胞遊走アッセイを紹介します。

走化性アッセイ(Chemotaxis Assay)

周囲に存在する特定の化学物質の濃度勾配によって遊走する走化性(ケモタキシス:chemotaxis)を有する細胞として、白血球(好中球)・リンパ球・マクロファージなどの免疫細胞や線維芽細胞・内皮細胞・上皮細胞・腫瘍細胞などが挙げられます。サイトカイン(cytokine)の一種であるケモカイン(chemokine)などの化学誘引物質を走化性因子として遊走を引き起こします。その時、濃度勾配の高い方向に移動する場合は「正の走化性」と呼びます。一方、濃度勾配の低い方向に移動する場合は「負の走化性」と呼び、それを示す物質を化学忌避物質といいます。走化性を評価する細胞遊走アッセイでは、ウェル内に設けたメンブレンインサートを通り抜けて走化性因子がある底面に付着する細胞は遊走細胞、メンブレンインサートを通らずに残った細胞は、非遊走細胞と評価することができます。

走触性アッセイ(Haptotaxis Assay)

走触性(ハプトタキシス:haptotaxis)を評価する細胞遊走アッセイでは、線維芽細胞・内皮細胞・上皮細胞などの細胞の遊走因子となる化学誘引物質として、コラーゲンまたはフィブロネクチンで底面(裏側)をコートしたメンブレンインサートをウェル内に配置し、細胞がそこに誘引されて遊走するかどうかで、走触性の遊走細胞か非遊走細胞かを判定できます。また、細胞接着した部位や細胞外マトリックス(ECM)に結合した化学誘引物質の濃度勾配によって異なる細胞の遊走性を測定します。

創傷治癒アッセイ(Wound Healing Assay)

マルチウェルプレート上で創傷治癒の条件を再現したin vitroアッセイです。その代表的な手法であるスクラッチアッセイでは、意図的に引っ掻いて設けた模擬的な傷に遊走し、浸潤する免疫細胞などを測定して評価します。創傷治癒における組織マトリックスの構築やそれに関わる細胞の違い、異なる培養条件での細胞増殖や浸潤など、傷の修復などにおける細胞浸潤を測定することによって、医薬品などの研究開発や評価に活用することができます。

細胞浸潤アッセイ(Cell Invasion Assay)

がん細胞は、やがて発生した組織から離脱し、基底膜を壊して周辺の組織に浸潤していきます。その後、がん細胞は血管内に遊走し、血液によって体内の別の場所に運ばれます。そして、運ばれた先の別の組織でがん細胞が増殖することで、がん転移が生じます。がん細胞は浸潤時に、細胞接着・基底膜・細胞外マトリックス(ECM)において、たんぱく質の加水分解や細胞遊走が伴うことから、メンブレンインサートをコラーゲンやラミニン、基底膜マトリックス溶液でコートしておくことによって細胞腫を特定し、測定します。24wellまたは96wellのマルチウェルプレートを用いてin vitroで細胞浸潤を促進する環境下において、浸潤する細胞を測定することにより、細胞浸潤の評価、または、浸潤を阻害することができる物質の研究に活用されます。細胞腫を特定して測定するために、細胞培養後に染色を行います。

細胞の遊走能評価での課題と解決方法

各種の細胞遊走アッセイでは、目的に合ったアッセイキットを用い、細胞の遊走や浸潤を測定して遊走能などを評価します。同一の環境条件におけるN数を確保するために、24wellまたは96wellのマルチウェルプレートを用いますが、従来の顕微鏡や手動操作を伴うカウンターを使って多数の標本を解析・測定するには、多くの時間と労力を要します。また、多数のウェル中の生細胞の状態や変化を同時に解析・測定することが困難であるうえ、人為的なミスによる測定誤差や評価のバラつきが生じてしまうことも課題としてあります。自動セルカウンターを使用する場合も、変化する生細胞を有する標本の移動に手間がかかるうえ、サイズだけでは異なる細胞を識別することが困難なことがあります。

細胞遊走を正確に解析・評価する方法

キーエンスのオールインワン蛍光顕微鏡 BZ-X800は、マルチウェルプレートの各ウェルに対してタイムラプス画像の自動連続撮影や動画撮影が可能で、オートフォーカスやフルフォーカス機能によって多数のウェルそれぞれの鮮明な画像・動画が得られます。
動画撮影後は、解析アプリケーションを使って、大量のウェルそれぞれに対して動画解析(動態解析)が可能です。測定したい対象をクリックして対象範囲を指定するだけの簡単な操作で、自動的に対象を追尾して位置座標の変化を記録しながら、走化性・走触性といった細胞の遊走能を解析することができます。また、タイムラプス撮影や動画撮影の途中でも一定時間ごとに細胞遊走や浸潤の進行状況を検証することが可能です。

また、ハイブリッドセルカウントでは、ウェル内のシグナル部分だけの面積率を正確に測定します。さらに、マクロセルカウントによる自動測定では、多数の画像のうち1枚だけ測定すれば、残りの大量の画像に同一条件を反映できるため、定量的な測定を素早く実施することができます。
BZ-X800の多彩な機能により、これまでマルチウェルプレートでの細胞遊走や細胞浸潤の解析作業に要していた時間を飛躍的に短縮・効率化するだけでなく、高精度かつ定量的な測定によって解析データの信頼性も向上します。

細胞遊走を正確に解析・評価する方法

オールインワン蛍光顕微鏡 BZ-X800を導入すれば