製造現場の粉じん対策
発生・拡散・吸入の3段階で守る安全環境

「粉じん」と聞くと、解体工事にあたる建設現場などを想像する方も多いのではないでしょうか。しかしながら、金属加工や食品加工など、粉じんが発生する作業は製造業にも数多く存在します。粉じん対策は、工場で働く製造現場の皆様にとっても不可欠です。
今回は粉じんの危険性といった基礎知識から、現場で実践できる対策方法までを網羅的に紹介します。安全な労働環境を整備するためにも、ぜひご一読ください。
- この記事でわかること
なぜ製造現場で粉じん対策が必要なのか?

製造現場では「粉じん」が避けて通れない課題のひとつです。粉じんを規制する代表的な法律として「大気汚染防止法」があり、日本の高度経済成長期にあたる1968年に制定されました。
では、なぜ粉じん対策が必要とされるのでしょうか。ここでは、粉じんの基本的な知識と、現場で起こり得るリスクについて整理します。
そもそも「粉じん」とは?
「粉じん」は、一般的には、大気環境中に浮遊する微細な粒子状の物質の総称です。
大気汚染防止法において、粉じんは以下のように定義されています。
「物の破砕、選別その他の機械的処理又は堆積に伴い発生し、又は飛散する物質」
引用:大気汚染防止法(第二条)
粉じんは、その性質や濃度によって分類されます。
- 大気汚染防止法上での分類:特定粉じん、一般粉じん
- 日本産業衛生学会による分類:有害性や許容濃度に応じた「第1種〜第3種粉じん」
また粉じんは、発生原因によって「無機粉じん」「有機粉じん」に分けられます。
- 無機粉じん:鉱物や金属の加工時に発生するもの
- 有機粉じん:花粉、カビ、細菌、木材や穀物など生物由来のもの
大気汚染防止法で規制されているのは主に無機粉じんですが、有機粉じんについても、第3種粉じんとして規定されています。
製造現場や解体現場などで発生する粉じんは、働く人にとって身近でありながら、環境や健康に大きな影響を及ぼす可能性があります。まずは粉じんの種類を理解し、対策の必要性を意識することが大切です。
粉じんがもたらす危険性とは
粉じんがもたらす危険性としてまず挙げられるのが、健康障害のリスクです。
特に無機粉じんは、じん肺や肺腫瘍の原因になります。「じん肺」は、粉じんが肺に蓄積して起こる肺疾患です。粉じんの蓄積により肺が線維化・硬化します。
じん肺は、一度罹患すると完治できません。初期症状としてはせきや息切れが増える程度ですが、進行すると肺の組織が壊れ呼吸困難を引き起こすほか、気管支炎や肺がんなどの合併症リスクも高まります。
また、有機粉じんも花粉症やアレルギー反応の原因となります。
大気汚染防止法の規制対象は無機粉じんですが、のちの「粉状物質の有害性情報の伝達による健康障害防止のための取組について」では有機粉じん(樹脂、木材、穀物)も規制されるようになりました。
アレルギーの対象となる有機粉じんは、小麦粉をはじめとする粉末状の食品から衣料の線維までさまざまです。
加えて粉じんには、粉じん爆発による事故の危険性もあります。粉じん爆発とは、可燃物(粉じん)が静電気などによる着火源・空気中の酸素と反応して起こる現象です。
粉じん爆発は、穀物製品の工場など有機粉じんが生じる現場でも発生し、中には死者が出るケースもあります。
製造現場における3つの粉じんリスク

粉じんは、掘削や解体などの作業をともなう鉱業・建設業で多く発生しますが、工場の屋内作業においても無視できないリスクを持っています。
目には見えにくい小さなものではありますが、健康や品質、生産環境に悪影響を与えるため、安定した操業のためにも対策が必要です。
ここでは、粉じんが製造現場にもたらすリスクを、以下の3パターンに分けて解説します。
- 従業員の健康被害
- 製品の品質低下
- 生産環境の悪化
従業員の健康被害
粉じん対策が不十分な場合、じん肺やアレルギーによって従業員の健康が損なわれるリスクが高まります。特にじん肺は、命の危険もある重い健康障害です。
従業員が働けなくなると労働力が不足し、現場の維持が難しくなるなど、長期的な問題の一因にもなります。
日本には、「じん肺法」という法律があります。これは、従業員のじん肺予防を事業者に義務付けるものです。こうした健康管理規定に違反した場合、罰金刑や安全配慮義務違反などの罰則が科されます。
工場内の粉じんが許容濃度を超えてはいけない
- 粉じんの危険性は、その毒性の高さや吸入量によって変わります。
- 例えば日本産業衛生学会では、「1日8時間・1週間40時間程度の労働にあたった際、労働者に健康上の悪影響が出ない有害物質の濃度」を、「許容濃度」の定義としています。
-
粉じんの許容濃度は、複数の制度や団体によって規定されています。
工場での粉じんの発生状況について、一度見直してみると良いでしょう。
製品の品質低下
粉じんが製品に付着すると、品質低下の原因となります。製品表面の塗装汚れや、食品への
異物混入などがその一例です。精密機械の製造を行っている場合、製品精度が低下し動作不良を招くケースもあるでしょう。
このように品質維持の観点からも、適切な粉じん対策が求められます。
- 関連ページ
生産環境の悪化
粉じんの放置は、工場の設備を劣化させる原因にもなります。
例えば、ファンやモーターの回転部に粉じんが堆積すると、部品の摩耗が進んでしまうでしょう。また、精密機器の内部や可動部分に粉じんが入り込む、または堆積するといったケースでは、動作不良やエラーを引き起こします。
こうした設備の不具合が重なると、メンテナンスにかかる費用も膨らみます。工場を安定的に稼働・維持するうえで、粉じんが支障となる可能性もあるのです。
- 関連ページ
「現場で"今起きている"粉じんトラブル事例」
-
粉じんによるトラブルは、現代の製造現場においても後を絶ちません。
特に「粉じん爆発」は死者が出る重大な事故につながるため、リスクをしっかりと理解しておきましょう。 - 実際に、合板工場やパルプ工場など、粉じんが原因とみられる死亡事故は製造物に関わらず発生しています。
- 2025年に入ってからは、愛知県のばね製造工場において、粉じん対策のための装置である「集塵機」を発生源とする爆発事故が発生しました。
- 現場の安全を守るために、「注意しすぎる」ということはありません。適切な粉じん対策とともに、定期的な設備点検・対策方法の見直しを行いましょう。
粉じんを防ぐ3つのポイント
粉じんによる被害を抑制するためには、以下3つのポイントを意識します。
- 最初の発生量を抑える「発生防止」
- 粉じんの移動を抑える「拡散防止」
- 人体への影響を抑える「吸入防止」
これらの中でも、粉じんの発生源から対策する「発生防止」の優先順位が高くなります。
それぞれの対策方法について、次の項から詳しく見ていきましょう。
粉じんの「発生」を防ぐ3つの対策

ここからは、製造現場における粉じん対策について、「発生」「拡散」「吸入」の3つ観点から、それぞれ具体的な対処法を紹介します。
まず、「発生」を防ぐための対策方法は、主に以下の3点です。
発生防止に役立つ機材は小型のものも多く、今すぐ実践しやすいという特徴があります。
- 集塵機(小型)の活用
- カバー・フードの設置
- 湿式加工機器の導入
集塵機(小型)の活用
集塵機は、粉じんの発生源となる加工機械の近くに設置し、発生した粉じんを吸い取るための機材です。発生源付近ですぐに吸い取れば、拡散の防止にもつながります。
ハンディタイプや背負い型の集塵機は作業場所へも持ち運びやすいため、粉じんの発生源をスポット的に対策するうえで効果的です。
コードレスタイプも登場している
-
小型集塵機には、Bluetoothを活用したコードレスタイプのものもあります。
電動工具・集塵機の双方のユニットを通じ、連動しながら集塵作業を行います。 - こうした無線式連動の集塵機を採用する場合、電動工具側もBluetoothに対応しなければなりませんが、コンセントのない環境でも活躍する点がメリットです。
カバー・フードの設置
粉じんの発生源になる加工機械に、カバー・フードを取り付ける方法です。
具体的には、ドリルやグラインダーの切削箇所に設置し、粉じんの排出を抑えます。
卓上の小さな作業空間であれば、カバーやフードと集塵機をあわせて活用すると、対策の効果がより高まるでしょう。
湿式加工機器の導入
湿式加工機器は、水・液材で粉じんを洗い流す機能を備えた装置です。ろ過フィルターによって粉じんを除去するため、乾式加工よりも粉じんの飛散リスクを大幅に軽減できます。
湿式ドリルや湿式グラインダーなどがあり、加工部分に水・液材を吹き付け、発生する粉じんを洗い流し吸引する仕組みです。吸引後に、ろ過フィルターで粉じんを取り除きます。
粉じんの「拡散」を防ぐ3つの方法

続いて、粉じんの「拡散」を防ぐ方法について、以下の3点を紹介します。
- 仕切りによるゾーニング
- 集塵機(大型)の導入
- ミスト噴霧の利用
仕切りによるゾーニング
作業スペースを、パネルやブースといった仮設の間仕切りで区切る方法です。粉じんが外に広がるのを防ぐうえでも、簡単で実践しやすいという特徴があります。
設置が容易で伸縮可能なスライドパネルであれば、粉じんが発生する作業時のみゾーニングを実施することも可能です。また、透明なビニールブースは作業中の様子を確認できるため、業務効率も維持しやすいでしょう。
集塵機(大型)の導入
上の項目で紹介した集塵機の、より大型のものです。粉じんやオイルミストなど、空気中に浮遊する物質を吸引・除去し、安全な作業環境を保ちます。
大型集塵機は原理の違いから、重力式・遠心力式(サイクロン)といった種類があります。
それぞれの原理を簡単に説明すると、以下のとおりです。
- 重力式
ダクト部分に大きな空洞を設けることで、吸引した粉じんを低速化・沈降させる仕組みの集塵機です。 - 遠心力式(サイクロン)
粉じんを円錐形の空間で旋回させ、装置下部に設けた集塵室まで下降させます。
これらの集塵機は大型であるため、工場全体の空気環境を改善するうえで有効です。
集塵機を選ぶ際のポイント
-
集塵機には、「乾湿両用」「乾式専用」の2種類が存在します。
石こうや穀物の粉、コンクリートなど、乾燥した粉じんを吸引したい場合、乾式専用のものを選びましょう。 -
乾湿両用か乾式専用かで、フィルターなどの構造に違いがあります。
主に水気を含んだ木くずなどを吸い込む乾湿両用の集塵機は、フィルターが粗く設計されているため、細かい粉じんを吸い込むと故障の原因となってしまうのです。
ミスト噴霧の利用
液体の噴霧によって粉じんを落下させ、飛散を抑える方法です。
散水でも一定の効果を期待できますが、粉じん防止剤を含んだ泡やミストを噴霧すれば、より大きな対策効果を見込めます。
この方法は、設備投資が小規模であっても実践しやすい点がポイントです。
粉じんの飛散防止のほか、臭気防止などにも役立ちます。
粉じんの「吸入」を防ぐ3つの方法

粉じんの発生や拡散に向けた対策を実施しても、完全にゼロに抑えることはできません。
発生・拡散した粉じんを「吸入」しないための対策も行いましょう。
粉じんの吸入を防ぐ対策方法は、主に以下の3つです。
- 防塵マスクの活用
- 電動ファン付き呼吸用保護具の活用
- 排気装置・換気装置の活用
防塵マスクの活用
空気中に広がる粉じんを吸い込まないためには、鼻と口を保護できる防塵マスクを着用しましょう。
防塵マスクには、「使い捨て式」と「フィルター取り替え式」の2種類があります。
人によって合う・合わないはありますが、選定基準はおおむね以下のとおりです。
-
使い捨て式
→手軽さ・呼吸の楽さを重視する場合/短時間作業を行う場合 -
取り替え式
→長時間作業・大量の粉じんが発生する作業を行う場合/長く繰り返し使いたい場合
どちらを選ぶ場合でも、 粉じんから気管支や肺を守るためには、国家検定合格品を使うことが大切です。
なお、粉じんの粒の大きさによって、防塵フィルターが粉じんを捕まえる仕組みは異なります。例えば0.1㎛以下の小さな粒であれば「拡散効果」によって、0.3㎛以上の大きな粒であれば「慣性力」や「遮断効果」によって、それぞれ捕集効率が高まります。
しかし、その中間である0.1〜0.3㎛の粒径は、フィルターが最も捕集しにくいと言われています。そのため、マスクを選ぶ際は、このサイズの粉じんにも有効な国家検定合格品を使用することが重要です。
以下は、防塵マスクに関する国家規格の簡易表です。
| 使い捨て式 | 取り替え式 | ||||
|---|---|---|---|---|---|
| 固体粒子用 | 液体粒子用 | 固体粒子用 | 液体粒子用 | ||
|
区分1 (粒子捕集効率: 80.0%以上) |
DS1 | DL1 | RS1 | RL1 | |
|
区分2 (粒子捕集効率: 95.0%以上) |
DS2 | DL2 | RS2 | RL2 | |
|
区分3 (粒子捕集効率: 99.9%以上) |
DS3 | DL3 | RS3 | RL3 | |
捕集効率の違いや固体粒子用/液体粒子用などの基準から、12種類に区分されています。作業に応じた、最適な製品を使用しましょう。
防塵フィルターの交換目安は?
- フィルター取り替え式の防塵マスクは、フィルター部分のみを消耗品として交換するため、繰り返し使える点がメリットです。
- 交換時期の目安は対策する粉じんの種類によっても異なりますが、「息苦しさ」を感じ始めたら必ずフィルターを交換しましょう。
- 粉じんが堆積したマスクを使い続けると、吸引リスクが高まります。適切なタイミングで交換・廃棄することが大切です。
電動ファン付き呼吸用保護具の活用
長時間作業する場合や、粉じん濃度の高い環境下で作業する場合は、電動ファン付きの呼吸要保護具の着用が効果的です。
「PAPR」とも呼ばれるこうした保護具は、電動ファンによってろ過を行うため、マスクよりも楽に呼吸できる点がメリットです。PAPRには、防塵機能を持つ「P-PAPR」と、防毒機能を持つ「G-PAPR」の2種類があります。
排気装置・換気装置の活用
局所排気やプッシュプル型換気によって、空気をクリーンにする方法です。
局所排気、プッシュプル型換気は、それぞれ以下のような特徴を持っています。
- 局所排気
発生源にフードを設置し、ファンやダクトといった設備で吸引・排気する仕組みです。フィルターによってろ過を行うため、屋外に粉じんが流出するリスクも低くなります。 - プッシュプル型換気
発生源に向けて送風(プッシュ)し、反対側から吸引(プル)する仕組みの換気方法です。局所排気よりも広範囲を換気する際に適しています。
いずれの方法を選ぶ場合でも、定期点検の実施で効果を維持しましょう。
まとめ
今回は、製造現場における粉じんの危険性や対策方法について解説しました。
現場で働く従業員の健康や製品の品質、生産環境の維持など、工場で粉じん対策を行うべき理由はさまざまです。
粉じんは、その性質や粒径によって対策方法も変わります。まずは現場で生じている粉じんについての理解を深め、適切な対策を実施し、クリーンな労働環境の実現を目指しましょう。
