製造業における技能承継|今すぐ取り組むべき理由と成功事例を3つ紹介

ものづくりの現場において、「なぜAさんはあんなに作業が速いのだろう」「今日はBさんがいないから仕事が大変だ」といった経験はないでしょうか。経験豊富な技術者のノウハウを引き継ぐ「技能承継」は、多くの製造業の現場が悩んでいる課題です。
今回は、製造業における技能承継を成功させるポイントについて、メリットや事例なども交えながら紹介していきます。現場で引き継ぎを行う際のヒントとしてご活用ください。
- この記事でわかること
製造業における「技能承継」の現状とは?

「技能承継」は、主に熟練の技術者が持つ経験・勘といった「暗黙知」の伝承を指す言葉です。仕事の手順・方法の伝承を指す「技術承継」とは、引き継ぐ内容に違いがあります。
はじめに、日本の製造業における「技能承継」の現状を整理しましょう。
59.5%が課題を実感!データで見る製造業の現状
厚生労働省の調査によれば、製造業の事業者のうち59.5%が技能承継に関する問題を感じています。これは同調査で分類された15の産業の中で3番目に高い割合であり、金融業・保険業(22.4%)や宿泊業・飲食サービス業(19.4%)などと比較しても大幅に上回っている数字です。
また、経済産業省の資料では、製造業における技能承継の取り組みのうち「雇用延長や嘱託による再雇用」「中途採用」の割合が高くなっています。人手不足が業界全体の課題となっている製造業では、すでにスキルがある人材によって対応しているケースが多いようです。
一方で、技能継承に関する取り組みとして「技能・ノウハウのデータベース化、マニュアル化」と回答した事業者の割合は30.3%に留まっています。「DX化」「見える化」の重要性は広く認識されるようになりましたが、実際に取り組んでいる企業は多くないのが現状です。
なぜ製造業の技能承継はうまくいかないのか?5つの原因

では、なぜ製造業の技能承継はうまくいかないのでしょうか。
その原因を、以下の5点に分けて見ていきます。
- ①若手人材不足による“継承の停滞”
- ②OJTなど教育体制の仕組み化不足
- ③属人化で情報が見えない
- ④承継スキルの可視化・優先順位付け不在
- ⑤中堅層の不在&ベテラン負担の増大
①若手人材不足による“継承の停滞”
製造業においては、若手人材の不足が深刻化しています。一方で熟練の技術者の多くが退職を迎えており、技能を引き継ぎたくてもその相手がいないというケースが少なくありません。
加えて「人材の定着率の低さ」も、製造業における課題の一つです。このために、技能承継が滞ってしまっている可能性も考えられます。
②OJTなど教育体制の仕組み化不足
経験やノウハウを伝えるためには、新人に対して基礎的な指導を行わなければなりません。技能承継がうまくいかない現場では、OJTの実施や個々に合った育成計画の策定など、十分な教育・研修体制が整っていない可能性があります。
原因として、「若手を育成する指導者の人材不足」「研修にかける時間の不足」などが挙げられます。加えて、「ベテランのノウハウを可視化する難しさ」「伝え方の難しさ」といった要素も、技能承継の遅れに関して考えられる原因です。
③属人化で情報が見えない
「属人化」は、ある業務について「特定の人物でなければ進められない・わからない」という状態を指す言葉です。現場内での能力や技術、情報の偏りがある場合に起こりやすくなります。
技術を持った特定の人物が休職・退職してしまうと、現場の業務が滞り、生産効率に悪影響が出ます。代わりのスタッフが業務にあたっても、経験不足から品質が低下するケースが考えられるでしょう。こうした懸念が、属人化の持つデメリットです。
④承継スキルの可視化・優先順位付け不在
多くの技能は、当人の感覚や経験を経て習得したものであり、言語や図表による可視化が困難です。そのため、一度にすべての技能を承継するのは難しいといえるでしょう。
誰がどんな技能を持っているのかが不明瞭なままでは、効率的に引き継ぎを進められません。まずは熟練の技術者が持つ知見・ノウハウを洗い出し、「見える化」を行います。その後、積極的に承継すべき技能について優先順位をつけ、計画的に進めていくことが重要です。
⑤中堅層の不在&ベテラン負担の増大
ものづくりの現場では、ベテランが業務の中心となっているケースが多くみられます。中堅層にあたる従業員の不足もあり、技能を伝える側・引き継ぐ側の年齢が離れすぎているのが現状です。
こうした状況下では、「若手の悩みを汲み取る」「技能習得の目的やメリットを伝える」といったポジションの人材が足りません。特に熟練者の場合、若手の意見を汲み取るのが難しい・教えること自体に慣れていない、というパターンもあります。
この課題の解消のためには、互いに置かれた立場を理解し、適切なコミュニケーションを取り合える環境の整備が大切です。また、ベテラン中心の現場では、教育・研修が加わると大きな負担となってしまいます。業務を効率化し、人材育成に使える時間を捻出していく必要があるでしょう。
技能承継成功で得られる5つのメリット

続いて、技能承継が成功した際に得られるメリットについて説明します。
以下の5点です。
- ①人手不足・高齢化問題の解消
- ②生産性アップと品質安定化
- ③顧客ニーズへの対応力向上
- ④組織体制の安定化(属人化解消)
- ⑤若手のスキル習得・スピード加速
①人手不足・高齢化問題の解消
既に紹介したとおり、製造業においては若手の人材不足・高齢化によるベテランの負荷増大が大きな課題です。このような状態が続いてしまうと、技術力や生産効率が低下し、組織の成長が停滞してしまいます。
技能承継がうまくいけば、スキルを備えた若手従業員を中心として効率的な作業ができるようになります。もし少ない人数であっても、高い生産効率と最適な人員配置によって円滑に作業を進められるでしょう。
②生産性アップと品質安定化
技能承継を通じて若手の能力が向上すれば、業務プロセスの質が向上します。また業務の効率・質がアップすると、現場全体の生産性も高まります。
ノウハウの共有により、ベテラン以外の従業員でも業務改善のための「気づき」を得る機会が増えるでしょう。若手や中堅層も含めた意見出しが可能になる点は、ノウハウ共有体制を構築する大きなメリットです。また、生産性の向上は人材不足の解消・ワークライフバランスの改善にもつながります。
③顧客ニーズへの対応力向上
柔軟な顧客対応の実現は、製造業においても重要なポイントです。
製品に対するクレーム・フィードバックへのスピーディーな対応は、顧客にとっての信頼感やブランドイメージの向上に直結します。ベテランの知見を共有し、自らのスキルとして活かせば、顧客の細かなニーズへの対応力も向上するでしょう。
特に近年では、IoT技術やAIの登場によって顧客のニーズも変化しつつあります。ノウハウの「見える化」をはじめとしたデータ重視の対応で、競合との差別化を図りましょう。
④組織体制の安定化(属人化解消)
技能承継の成功は、属人化の解消にもつながります。
特定の技術者に頼るケースがなくなれば、トラブル対応も含めた安定的な業務を進められるようになるでしょう。
属人化から「標準化」への転換に成功すると、知見の全社的な共有によって作業に関わる全員の知識量が底上げされます。この点は、業務効率を考えるうえでも大きなメリットです。
⑤若手のスキル習得・スピード加速
経験豊富な技術者の知見・スキルを共有するための体制としてマニュアル化やデータ化を行えば、欲しい情報に誰でもアクセスできる環境が構築されます。こうした取り組みは、若手の能力向上や効率的な技能習得にとって非常に重要です。
技能承継の目的や必要性を適切に伝え、十分に理解してもらえると、モチベーションの向上や組織に対する責任感・誇りにもつながります。
製造業の技能承継を進める4つのステップ

ここからは、現場で実際に技能承継を進めるための手順を、4つのステップに分けて紹介します。若手の人材が不足している場合も、技能承継に備えて体制を整えておきましょう。
- ステップ1|現状スキルの“見える化”
- ステップ2|優先度の高い技能をピックアップ
- ステップ3|デジタル/AIシステムの活用
- ステップ4|教育・評価体制の確立
それぞれ詳しく見ていきます。
ステップ1|現状スキルの“見える化”
まずは、各熟練者ならではの経験や感覚に基づく技能、および共通で保有している技術を洗い出しましょう。特に暗黙知による技能が必要な業務は、属人化しているケースも多くあります。
一連の技能・技術を明確化したのち、ベテランと若手のスキルを比較・可視化します。この際、ベテランの定義は「勤続〇年以上」「□□の作業に〇年以上」といった定量的な基準があるとスムーズです。
また、属人化を解消するため、個人ではなくチームとしての成果を評価する体制が整っているかもチェックしましょう。ベテラン・若手の双方が入念にコミュニケーションを取り合うことが大切です。
ステップ2|優先度の高い技能をピックアップ
次に、優先的に承継すべき項目をピックアップします。ベテランの持つノウハウは、中心となる「技能」とそれ以外の「技術」に分類できるため、中には標準化・自動化できる技術もあるでしょう。
ベテランと若手の結びつきを強めながら、「技能」から「技術」へ移行できる項目を見極めます。
ステップ3|デジタル/AIシステムの活用
技能承継を実施するうえで効果的なのが、デジタル/AIシステムの活用です。
IoT技術を駆使した熟練者の技能の映像化・テキスト化をはじめ、さまざまなシステムを技能承継に応用できます。センサやカメラを用いた作業の撮影は、工程を客観的に見直すためにも有効です。
また、クラウドベースの共有ナレッジツールを活用すれば、マニュアルや社内Wikiの作成も容易になります。技能承継を実施しながら、社内DXも推進していきましょう。
ステップ4|教育・評価体制の確立
技能承継を実施する体制が整ったら、ベテラン・若手の双方にその重要性を伝えましょう。
チームとして成果を上げ、組織の成長を目指していくための意識改革も大切です。
このステップで、引き継ぎを担当するベテラン従業員を選抜します。業務内に技能承継を取り入れ、ほかのメンバーのサポートで通常業務の負担を軽減しましょう。なお、技能承継にともなう評価や手当に関する制度を併せて整備しておくと、モチベーションが維持しやすくなります。
成功事例3選|デジタルで暗黙知を可視化

最後に、デジタル化を活用しながら技能承継に成功した事例を3つのパターンから紹介します。
VEを活用したチーム体制の見直し
岐阜県の機械器具製造メーカーは、経験豊富な技術者のノウハウをVE(Value Engineering)によって「見える化」しました。VEとは、「機能」「コスト」の両面から製品の価値を分析する手法です。
同社は非効率的な業務の改善やコストダウンへのアプローチとして、VEの視点から製品が果たすべき「機能」を見つめ直しました。その機能を達成するための組み立て工程の評価などを、ベテラン設計者や元営業の技術者、若手技術者を交えて議論します。
その際、各メンバーの暗黙知の言語化に苦労しましたが、質疑応答を繰り返す中でそれぞれが理解できる言葉に置き換え、「見える化」に成功しました。
組み立て工程・チーム体制の最適化を果たした同社は、その後もVEの活用を進め、のべ14件の業務改善を実現しています。
センサー設置による波形データ可視化
群馬県の金属製品メーカーは、経験豊富な技術者の感覚的な作業をセンサー設置によって可視化しています。
同社は、金属加工作業にセンサーを導入し、その結果を波形データとして共有しました。経験豊富な技術者が振動の違和感から察知していた設備の異常も波形として表示されるようになり、不良品の未然防止や設備の寿命延長、業務スピードの改善などを実現しています。
カメラ記録による動作分析+数値化
埼玉県のメッキ加工メーカーは、加工ラインに固定カメラを設置し、作業に関わる動作を映像として記録しました。映像はベテランと若手の違いについての客観的な認識を助け、改善方法を各自が主体的に考えるきっかけとなります。
また同社では、目分量や経験則に依存していた工程を、生産管理システムの導入により数値化しています。システムの活用により、若手の育成や技能承継が円滑になった事例です。
まとめ
今回は、製造業における「技能承継」について、現状から実施のステップ、事例までを包括的に紹介しました。生産効率の向上や競合との差別化、デジタル化の進む社会への対応など、技能承継に取り組むべき理由は数多くあります。
まずは、技能承継に関する「見える化」が必要です。システムを導入した効率的な引き継ぎも視野に入れながら、現場の課題を洗い出してみましょう。