ものづくり快適化計画―工場での暑さ対策と危機意識―
近年、製造業は建設業に次いで熱中症患者の発生が多いというデータが厚労省から報告されています。
夏季には日本の多くの地域で、当然のように猛暑日が続くようになった昨今。製造現場での暑さは、そこで働く人に大きく影響するため、軽視できない課題といえます。
今回は、現場や個々が実践できる暑さ対策を中心に解説します。
- この記事でわかること
製造現場の暑さが与える影響と対策の必要性
製造現場の暑さが、そこで働く人に与える代表的な影響を以下に挙げます。
- ・体力の消耗、疲労の増加
- 人は暑さによって体力を消耗したり、疲労が増えたりするほか、対策をしないと熱中症に至るなどフィジカルなリスクが伴います。また、暑さによる疲れが蓄積していくことで、モチベーションの低下などメンタル面にも影響を及ぼす場合があります。
- ・集中力や注意力の低下
- 暑い環境では意識がもうろうとして集中力が低下し、作業の効率や正確さを損ねることで、ポカミスに繋がる場合があります。また、危機意識が欠如してしまうことで、ヒヤリハットや労災事故といったフィジカルなリスクをも招きかねません。
人が効率良く働ける温度は25℃程度といわれており、労働環境の暑さは働く人の心身に影響します。健康と安全、そして作業効率を守るという観点からも現場の暑さは軽視できない課題であり、対策は欠かせないものであるといえます。
製造現場が暑くなる要因と施設での対策
寒さは設備で防寒対策したり作業服の中に防寒着を着たりなど、足し算の対策が可能である一方、暑さに対しては引き算の対策が通用するとは限らず、より工夫が必要といえます。熱処理工程またはクリーンルームなどを主体とする施設を除き、一般的な工場施設は夏季に熱気がこもりやすく、暑くなりやすい構造であることがほとんどです。その代表的な理由と対策を以下に挙げます。
要因:屋根や外壁の材質
工場施設の屋根や外壁は鉄やコンクリートでできていることが多く、夏季の強い日差しによる熱を室内に伝え、室温を上昇させてしまいます。
- 対策
屋根や外壁に遮熱塗装を施したり、断熱フィルムなどを導入したりすることで、直射日光による室温の上昇を抑えることができます。また、太陽光発電システムを導入し、太陽光パネルを屋根に設置することで、電力消費による環境負荷やエネルギーコストを抑えると同時に、パネルが直射日光を遮ることで、屋根の断熱性も向上します。
こうした対策は導入費が安価ではありませんが、タイミングや条件によっては補助金を受給できる場合があります。
なお、建物や屋根の構造や材質によっては、屋上の緑化やスプリンクラーの設置なども暑さ対策として有効です。
要因:構造(広さや搬入出口など)
一般的な工場施設は、天井が高く大きな空間であることが多いため、部屋全体の温度を調整することは困難です。また、大型の材料やワークを扱う場合、大きな搬入出口を開けておく必要があり、屋外の熱気が室内に流入しやすくなります。
- 対策
施設内全体の温度を下げることが物理的に難しい場合、作業する場所にスポットクーラーやファンを配置することにより、必要な箇所に的を絞って効率的に温度を下げることができます。
また、搬入出口の出入りが頻繁な場合、設置条件によってはビニールカーテンで屋外の熱気を遮断して冷房効率を向上させることも可能です。なお、ビニールカーテンは冬季の寒さ対策にも有効です。
要因:室内の機械や装置など
多くの現場において、熱源は夏季の屋外だけに由来するとは限りません。工場施設内には製造に必要な機械・装置の動作による発熱や加工時に生じる熱など、室温が上昇する要因が数多くあります。同時に、異物の付着を避けるために室内の空気の流動抑制が必要な工程や、ワークの温度低下を避けなければならない工程など条件もさまざまです。
- 対策
適切な箇所に吸排気フードを設けて、局所的な熱を排出することで、室温の上昇を抑制することができます。また、異物の付着を避けなければならない場合は、排気囲いで塵などを含んだ空気の流入を避けながらフィルターを介して吸気し、熱気を排出するなどして室温への影響を抑えるといった対策が考えられます。
個人で取り組める暑さ対策とポイント
先述の対策は、条件が限られていたり大きな費用がかかったりするため、すべてを一斉に実践することは困難といえます。そのため、不可避かつ過酷な暑さと闘いながら日々働いている人も少なくないでしょう。
また、ある程度の対策が講じられていたとしても、動的な作業を行ったり、暑いスペースとの行き来を繰り返したりしていると、暑さを感じて発汗するため、個人での対策は軽視できません。ここでは、個々に実践できる暑さ対策を紹介していきます。
行動での対策
基本的な熱中症対策として挙げられるのが、定期的な水分補給です。仕事に集中して、のどの渇きを自覚していなくても、発汗した分の水分を定期的に摂取しないと、脱水症状や熱中症を招く恐れがあります。管理者は定期的な水分補給の機会をしっかりと設ける必要があります。可能であれば適温に空調した部屋で休憩することで、暑さによる疲労を効率良く回復することができます。
- POINT
発汗が多い場合、体に必要な水分だけでなく塩分も減少してしまいます。そこで、休憩時間などに不足しがちな塩分やミネラルなどを手軽に摂取できるタブレットなどを摂ることで、熱中症や脱水症状の回避に役立つといわれています。ただし、塩分の過剰摂取は塩分と水分のバランスが崩れて逆効果となり得るため、用量を確認して正しく摂取することが大切です。
衣類での対策
現場によっては真夏でも安全上の理由により、長袖の作業服の着用が義務づけられている場合があります。近年は、作業着にファンを搭載して服の内部を涼しく保つ空調服も普及していますが、現場によっては導入していない、もしくはバッテリーやモーターを搭載した衣類を導入できないケースもあります。
そこで、工夫したいのが作業服の中に着る衣類です。吸水速乾性に優れたインナーウェアは汗を気化することで熱をこもりにくくします。
また、保冷剤を入れて使う保冷ベストなどの機能性衣類を作業服の中に着用することで、暑い現場での熱中症を予防できる場合があります。
- POINT
衣類はゆったりと着たほうが風通しが良く涼しげなイメージがあります。しかし、機能性インナーのほとんどは、体型にフィットしたものを選ぶことでその機能を発揮できるといわれています。ゆったりしていると空気の層に熱をため込むことになり逆効果になるためです。ただし、化学繊維を含むものが多いため、作業着の素材との組み合わせによっては静電気が起きやすくなる場合があります。静電気にシビアな現場では利用可能かどうか確認しておきましょう。
また、現場によって条件はさまざまですので、ゲル状の保冷剤などを入れる保冷ベストに関しても現場で着用可能かどうかを事前に確認しておきましょう。
グッズでの対策
手軽に手に入る冷却・冷感グッズの利用も有効です。休憩時間などにメントールを配合したボディーシートで発汗しやすい箇所を拭くことで清涼感を得ることができます。
ほかにも、保冷タオルや冷感シートなどが挙げられますが、身に着けるグッズは現場で使用できるかどうか確認しましょう。現場でこうしたグッズが使えない場合でも、休憩時間に使用することで体の火照りを解消することができます。
要注意!暑さの影響は人以外にも
暑さの影響を受けるのは現場で働く人だけではありません。業界や製造する製品、その材料などによってさまざまですが、材料やワークの寸法、測定・検査などにも影響する場合があります。代表的な例を以下に挙げます。
- ・製品の状態変化
- 温度の上昇によって製品の状態が変化する場合があります。たとえば加工食品に熱が加わると、油脂分が溶け出して固まるファットブルームや、糖分が溶け出して固まるシュガーブルームの原因となります。ブルームは、製品の美観や風味を損ねる場合があるため、特に暑い夏季は製造工程だけでなく保管や輸送時にも温度管理に注意が必要です。
- ・物体の寸法変化
- 温度が上昇すると、物体は膨張(熱膨張)して長さや体積が変化します。材質によって1℃の上昇で長さが1mあたり何μm変化するかなど(熱膨張率)が異なります。これにより生じる測定誤差を抑制するには測定室の室温管理はもちろん、温度変化に応じて材料やワークを測定環境の温度に一定時間慣らす必要があります。
- ・測定機器のドリフト
- ノギスやマイクロメータ、ゲージブロックなども同様に温度によって膨張または収縮するため、測定誤差を抑制するには適切な室温とその環境への慣らし時間が必要です。
また、変位計などでの測定時も電源を入れてから内部温度が安定しないまま使用すると、初期ドリフトにより誤差が生じることがあります。さらに、使用中の温度変化による温度ドリフトも測定誤差の原因となるため、あらかじめスペック上の温度特性から、何℃上昇すると何μmの誤差が生じるかを確認しましょう。
熱膨張による長さと体積の変化やドリフトの詳しい情報、測定誤差への対策などについては、下記のページをご欄ください。
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このほかにもエレクトロニクス分野やバイオ分野などでは、よりシビアな温度管理が求められます。一方で、普段シビアな管理体制を設けていない現場では、温度上昇による突然のトラブルに戸惑う場合があります。
暑さの厳しい時期特有のリスクを加味して4M(Man=人・Machine=機械・Material=材料・Method=方法)を検討し、組織的、さらに個人的な対策を図ることは、暑さによるさまざまなトラブルを回避するうえで重要といえます。
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