現場に入れば「ポケテナシ」に従え
製造現場では、些細な行動がヒヤリハットや事故に繋がってしまう可能性があります。
その中でも構内の歩行というベーシックな行動における危険回避は、安全確保の基礎中の基礎といえます。
今回は歩行時の代表的なリスク回避をまとめた標語、「ポケテナシ」の内容やリスク、そして周知や定着、実践のヒントなどについて解説します。
- この記事でわかること
「ポケテナシ」とは
「ポケテナシ」とは、無意識に行ってしまいがち、かつ回避すべき5つの代表的な行動の頭文字を取った標語です。安全確保の基礎となるため、安全のおまじないと呼ばれることもあります。ポケテナシの各文字の意味と守らなかった場合のリスクについて説明します。
ポ:ポケットに手を入れて歩かない
寒い時期は特に無意識にポケットに手を入れてしまいがちです。もし、そのまま歩いてしまうと、とっさに訪れる危険や怪我のリスクに対して回避行動が間に合わない場合があります。
ケ:携帯電話・スマホを歩きながら使用しない
トラブル対応時やそれに関係するクライアントとの緊急な電話やメールなどは、焦っているときに無意識に行ってしまうことがあります。手がふさがると同時に会話や画面に集中していると、本人のみならず周囲の人にもリスクを与えかねません。
テ:手すりを持って階段を昇り降りする
手すりを持つことで転倒のリスクを回避できますが、それだけが理由ではありません。たとえば、両手が塞がるような荷物を持って階段を昇降すると、足元が見えず転倒する恐れがあります。
ナ:斜め横断しない
道路と同じで通路を通る第三者は、斜め横断を予期することができず、事故の原因となります。そのため、定められた場所または横断可能な場所で左右の安全を確認し、次の項目でもある指差呼称(しさこしょう)を行ってから横断することで、安全を確保することができます。
シ:指差呼称
たとえば、周囲に人が見えなくても、通路を横断するときはいったん止まって左右を確認して「左ヨシ」「右ヨシ」と指差呼称しましょう。自身の安全管理はもちろん、万一、死角に第三者がいた場合にも声で存在や行動を知らせることができ、互いの危険回避に繋がります。
現場の当然「ポケテナシ」の必要性と定着させるコツ
ポケテナシの意味や守らなかった場合のリスクについて説明しましたが、製造現場で働く人にとっては当然のことばかりと思ったはずです。では、なぜ当然のことをわざわざ標語としているのか、その理由からポケテナシの必要性を再認識してみましょう。
ポケテナシが必要な理由とケース
機械やロボットであれば、故障がない限りはプログラム通りに動き、安全機能も働きます。一方、人間はどれだけ健康で、また、どれだけ経験豊富であっても状況によって思考がバラつき、危険ではないと思い込んでしまったり、安全確保を忘れてしまったりすることがあります。こうしたヒューマンエラーの発生を何の対策もなく抑制することは不可能といえるでしょう。
- 「当然」を忘れやすいのはどんなとき?ポケテナシを忘却しがちなタイミング
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たとえ長年の勤務で現場の環境に慣れているベテランであっても、うっかりポケテナシを忘れてしまうことがあります。どんなときに忘れやすいか、代表的な例を以下に挙げます。
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休暇明け
連休明けや長期休暇明けは要注意です。休暇中は現場と異なる環境ばかりで過ごすため、休暇明けに職場でのポケテナシの習慣をうっかり忘れてしまう場合があります。
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疲労や体調不良
非定常的な勤務時間帯による生活サイクルの乱れや、繁忙による疲労、睡眠不足、また体調不良や傷病からの復帰時などは、平常時のパフォーマンスが出しにくいと同時に、本来の注意力も低下することがあります。
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精神状態の変化
悩みごとや考えごと、精神的な負担があるとき、また予期せぬトラブルの発生といった緊急時の焦りなど、通常とは精神状態が異なるため「当然」が置き去りになってしまうことがあります。
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作業の変化
人間は新しいことを必死に覚えようとしているとき、それ以外のことを二の次、三の次にしてしまうことがあります。たとえば、異動やキャリアアップで新しい仕事を任されたとき、新しく取り組む業務にばかり気を取られ、基本的な危険回避の行動を忘れてしまいがちです。
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上記のほかにもポケテナシを忘れがちなパターンは数多くあります。改善会議などで他にどのようなパターンがあるかを洗い出し、リマインドすべき状況を把握しておきましょう。
ポケテナシを現場に定着させるコツ
製造現場でのポケテナシの周知と徹底に用いられる代表的な手法として、標語ポスターの掲示などが挙げられます。これも有効な手段の1つですが、人間は見慣れたものに興味を示さなくなります。そのため、いつも同じ場所に同じポスターが貼られていると、時間の経過とともにメッセージから景色へと変化してしまいます。ここではポケテナシを定着させるためのコツやポイントを紹介します。
- ・対策1:声に出して、意識に刷り込む
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班などの朝礼で「ポケテナシ」とそれぞれの意味を唱和します。特に連休明けや年末年始・夏季休暇などの長期休暇明け、疲労が溜まりやすい繁忙期など、うっかり忘れやすい時期に実践してもいいかもしれません。
- Point:唱和の効果を理解して取り組む
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- 実際に声に出した内容は、意識に留めたり記憶を呼び覚ましたりすることができます。
- 唱和時に、ポケットから手を出して足踏みしたり、手すりを持つポーズをとったりなどシミュレーション的な動作も加えることで、より意識に定着させることができます。
- ・対策2:ポケテナシを分解。適材適所でアプローチ
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ポケテナシを5つの要素に分解して、下記の例のように特定の誤りを起こしがちな場所にピンポイントでPOPを掲示することも有効です。
- Point:ポケテナシを分解したPOPの掲示例
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- 階段前の床や手すりに「テ(手すりを持って階段を昇り降り)」を掲示する。
- 操作盤や表示盤が点在するエリアに「ケ(携帯電話・スマホを歩きながら使用しない)」と掲示する。
- 斜め横断が多い通路に「ナ(斜め横断しない)」と掲示する。
なお、これらのPOPやポケテナシの啓蒙ポスターは、定期的にデザインを更新することで、見過ごしがちな景色に転じてしまうことを防止できます。
- ・対策3:誰もが瞬時に理解できるPOP掲示を
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製造現場では誰もが日本語を母国語としているとは限りません。海外から来たばかりの技能実習生にも同様に周知とリマインドを行う必要があります。
対策として掲示を多言語化するほかにも、飛行機内や空港で見られるように、言語にかかわらず、誰が見てもひと目で伝わるようなアイコンなどを使用した掲示であれば、現場に居る全員に有効です。- Point:POP作成の注意点
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- 赤色の斜線やバツ印など、打消しの表現をわかりやすく示しましょう。
- うまく伝わらない場合は、禁止する内容ではなく「あるべき姿」を示してみましょう。
禁煙マークのように誰もが知っているユニバーサルデザインではない場合、瞬間的に禁止事項を伝えることが難しいことがあります。
たとえば、プラスチックゴミにペットボトルが混在することを防ぐため、ペットボトルの写真と投入禁止の文言をゴミ箱に掲示したところ、多くの通行人が瞬間的にペットボトルを入れていいと勘違いし、以前よりも混在が増加。シンプルにプラゴミという表記に変えたところ、混在が減少したという事例もあります。
「ポケテナシ」を簡素化するオモテナシも。来訪者と現場の安全管理の関係
現場で危険を回避しなければならないのは従業員だけではありません。クライアントの視察や学生の工場見学などでは、来訪者の安全も確保する必要があります。
瞬時に習慣化することが困難なポケテナシを省略できるよう、安全の「オモテナシ」をあらかじめ用意しておきましょう。たとえば、以下のような要領で危険行動の項目を減らすことができます。
- 多少遠回りになっても、階段ではなくエレベーターを使用してもらう。
- 見学者用の動線を設け、横断できる場所を制限する。
- 指差呼称は、構内を引率する従業員が行う。
このように、ポケテナシのうち来訪者が実施すべき項目を「ポ」と「ケ」の2つだけに絞りこむことで、安全確保を容易化することができます。
現場で働く人を客観的に見る来訪者の存在は、現場の安全意識を高める効果があります。働く人が「ポケテナシ」など安全確保を実践する模範でいなければならないためです。中には、従業員が5Sや安全確保を実践し、緊張感をもって作業に取り組むよう、積極的に工場見学を受け入れている企業もあります。
部外者の受け入れが難しい現場であっても、仮に来訪者が来た場合をシミュレートして行動プランを立ててみることで、危険の再認識や安全確保への新たな気づき、危険回避行動を定着させるアイディアが得られるかもしれません。
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