雰囲気熱処理と雰囲気ガス

近年の熱処理は、省力化や自動化のほか、環境への配慮や安全性、高精度などの要求が高まり、密閉型の加熱炉(雰囲気炉)が一般化しています。そこで押さえておきたいポイントが雰囲気熱処理と雰囲気ガスです。こちらでは雰囲気熱処理の基礎知識に加え、雰囲気ガスの種類や用途を説明します。

雰囲気づくりとは

空気中で熱処理を行えば、材料が空気に触れて酸化または脱炭し、材料表面に酸化スケール層が形成されます。そのため大気状態(大気炉)での熱処理は、熱処理後にピーリング処理(皮むき処理)が必要で、ピーリング処理を前提に寸法設定や切削などの後処理といった手間がかかりました。その解決策として不活性ガスをはじめとした雰囲気ガスを加熱炉内に充満させ、酸化・脱炭を防ぐ「雰囲気熱処理」が生まれました。

従来は酸化・脱炭を防止するために利用していた雰囲気ガスですが、現在では目的によってさまざまな種類の雰囲気ガスが使用されます。その目的に合わせて加熱炉内の雰囲気ガスを調整することを雰囲気熱処理では「雰囲気づくり」と言います。

雰囲気づくり

雰囲気ガスの種類

鋼の酸化を防ぐためには、当然ですが酸素(O2)あるいは二酸化炭素(CO2)などの雰囲気を熱処理炉から排除する必要があります。もっとも簡単な方法としては、不活性ガスを充満させることです。例えば、不活性ガスであるアルゴン(Ar)で充満させれば理論上酸化を防ぐことができますが、現実的には非常に難しく、高価なアルゴンの使用はコスト増大にもつながります。そこで中性ガスと呼ばれる窒素(N2)やアンモニア(NH3)などを雰囲気ガスとして用いるケースが一般的です。そのほかにも以下のような雰囲気ガスが熱処理で利用されています。

雰囲気ガスの性質と種類
性質 雰囲気ガス
不活性ガス アルゴン(Ar)、ヘリウム(He)
中性ガス 窒素(N2)、乾燥水素(dry H2)、アンモニア(NH3)、分解ガス
酸化性ガス 酸素(O2)、水蒸気(H2O)、炭酸ガス(CO2)、燃焼ガス
還元性ガス 水素(H2)、一酸化炭素(CO)、炭化水素ガス(CH4、C3H8、C4H10など)
脱炭性ガス 酸化性ガス、AGA No.101ガス
浸炭性ガス 一酸化炭素(CO)、炭化水素ガス(CH4、C3H8、C4H10など)、AGA No.302ガス、都市ガス、メタノール(CH3OH)、エタノール(C2H5OH)、エーテル(C4H10O)など
窒化性ガス アンモニアガス

雰囲気ガスの発生方法について

雰囲気ガスには、上述のような種類がありますが、一般的には原料ガスに空気を混合してガスを変成させて雰囲気ガスを発生させます。そこで雰囲気熱処理では、加熱炉のほか、雰囲気ガスを発生させる「変成炉(雰囲気ガス発生炉/変成装置)」が必要です。変成炉は大きく「発熱型変成炉」と「吸熱型変成炉」の2つに分けられます。この変成方式の違いにより、雰囲気ガスは「発熱型変成ガス」と「吸熱型変成ガス」の2つに分けられます。そのほか発生方法によって「滴注式分解ガス」「アンモニア分解ガス」などもあります。

発熱型変成ガス

プロパン(C3H8)などの炭化水素ガスを原料に、大量の空気と反応させて完全燃焼させることで生成したガスです。自己発熱によって反応が進むため、発熱型変成ガスと呼ばれます。生成ガスは空気の添加量によって発熱型変成ガス(リーン)【通称:DX(L)】や発熱型変成ガス(リッチ)【通称:DX(R)】に分けられ、COやH2Oを除去したものを窒素型変成ガス【通称:NX】と細分化します。一般的に大量のガスが必要な圧延コイルなどの光輝焼鈍炉に用いられます。

反応式
C3H8 + 5(O2+3.76N2) → 3CO2 + 18.8N2 + 4H2O
C3H8+5(O2+3.76N2) → 3CO2+18.8N2+4H2O

吸熱型変成ガス

プロパン(C3H8)などの炭化水素ガスを原料に、1050度に加熱したニッケル触媒を通過させて反応生成したガスです。自己発熱はなく、外部から熱を供給するため吸熱型変成ガスと呼ばれます。現在用いられているガス浸炭炉の雰囲気ガスの多くは吸熱型変成ガスです。

反応式
C3H8 + 3/2(O2 + 6.76N2) → 3CO + 4H2 + 5.64N2
C3H8+3/2(O2+6.76N2) → 3CO+4H2+5.64N2

滴注式分解ガス

メチルアルコールを高温の加熱室内に直接滴下して得られるガスで、主成分はCOやH2です。滴注式ガス浸炭で用いられます。

反応式
CH3OH → CO + 2H2

アンモニア分解ガス【通称:AX】

NH3を完全分解することで得られるH2、N2ガスがアンモニア分解ガス【通称:AX】です。ステンレス鋼の光輝焼鈍などに用いられます。

反応式
2NH3 → N2 + 3H2

変成雰囲気ガスの種類と組成

「発熱型変成ガス」「吸熱型変成ガス」「滴注式分解ガス」「AXガス」などの変成ガスの種類や組成は以下のようになります。

雰囲気ガスの種類 通称 露点(°C)   ガス組成(%)
CO CO2 H2 N2 O2
発熱型変成ガス(リーン)
DX(L)
+5°C
ガス組成(%)
CO
1.5
CO2
10.9~
12.8
H2
0.8~
1.0
N2
O2
<0.01
発熱型変成ガス(リッチ)
DX(R)
+5°C
ガス組成(%)
CO
10.2
CO2
5.3~
7.3
H2
7.6~
10.8
N2
O2
<0.01
発熱型変成ガス(乾燥)
DX(DRY)
-40°C
ガス組成(%)
CO
1.5
CO2
10.9~
12.8
H2
0.8~
1.0
N2
O2
<0.01
窒素型変成ガス
NX
-40°C
ガス組成(%)
CO
1.8
CO2
<0.05
H2
0.9~
1.1
N2
O2
<0.01
吸熱型変成ガス
RX
0~+4°C
ガス組成(%)
CO
20.9~
23.9
CO2
0.18
H2
30.4~
38.9
N2
O2
-
吸熱型変成ガス
SRX
+40°C
ガス組成(%)
CO
19.2~
20.4
CO2
6.3~
6.7
H2
66.4~
67.4
N2
0
O2
-
アンモニア分解ガス
AX
<-40°C
ガス組成(%)
CO
-
CO2
-
H2
75
N2
25
O2
-
HN混合ガス
HN
<-40°C
ガス組成(%)
CO
-
CO2
-
H2
3~
25
N2
O2
-
水素ガス
-
<-40°C
ガス組成(%)
CO
-
CO2
-
H2
100
N2
-
O2
-

雰囲気ガスの種類と用途

最後に雰囲気ガスの種類と一般的な用途をまとめておきますので、雰囲気熱処理を行う際の参考にご覧ください。

雰囲気ガスの種類 通称 主な用途
発熱型変成ガス(リーン)
DX(L)
鋼のブルーイング/鋼・アルミの無酸素化焼なまし
発熱型変成ガス(リッチ)
DX(R)
低炭素鋼の光輝焼なまし/低炭素鋼のロウ付け/電磁鋼板の焼なまし
発熱型変成ガス(乾燥)
DX(DRY)
アルミの光輝焼なまし
窒素型変成ガス
NX
光輝焼なまし/無酸素化焼入れ/焼結/鋼・アルミの光輝焼なまし
吸熱型変成ガス
RX
浸炭/復炭/無脱炭焼なまし/中・高炭素鋼光輝焼入れ/ロウ付け/焼結
吸熱型変成ガス
SRX
化学合成用/燃料電池用など
アンモニア分解ガス
AX
還元/ロウ付け/焼結/ステンレス鋼の光輝焼なまし/ケイ素鋼板の焼なまし
HN混合ガス
HN
鋼板コイルの光輝焼なまし/黄鋼コイルの光輝焼なまし/ケイ素鋼板の焼なまし
水素ガス
-
還元/焼結/ロウ付け/ステンレス鋼の光輝焼なまし
アルゴンガス
-
TI、Zr合金の光輝焼なまし/無酸化焼入れ/ロウ付け/ステンレス鋼の無酸化加熱
窒素ガス(液化ガス)
-
鋼・銅・アルミの無酸素化加熱および無酸化焼入れ/鋼の無脱炭加熱
窒素ガス(PSAガス)
-
無酸化加熱(+炭化水素)/無脱炭加熱(+炭化水素)/浸炭(+メタノールなど)
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-
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