産業用Ethernetの整理
産業用Ethernetには主要な規格が4つあり、それぞれ設計思想が異なります。どれを選ぶかで制御精度やコストが変わるにもかかわらず、比較情報は断片的になりがちです。
この記事では「制御周期」「実装方式」「既存設備との相性」の3軸で各規格を整理しました。仕組みと実装の勘所を押さえた上で、選定フローチャートも用意しています。
プロトコル選びで遠回りしないための地図としてご活用ください。
- 産業用Ethernetとは|標準Ethernetとの違い
- EtherCAT・PROFINET・EtherNet/IP・CC-Link IEを一目で比較する
- スタックのポーティングのポイント
- EtherNet/IPの特徴と実装上のポイント
- PROFINETの特徴と実装上のポイント
- EtherCATの特徴と実装上のポイント
- CC-Link IEの特徴と実装上のポイント
- 産業用Ethernetの選定基準
産業用Ethernetとは|標準Ethernetとの違い
標準的なEthernet(TCP/IP)は、FA現場の制御用途にそのまま使えません。パケットの到達タイミングが保証されないためです。
たとえばサーボモータへの1ms周期指令では、1回の遅延が動作精度に直結します。しかし標準Ethernetはベストエフォート型であり、いつ届くかを確定できません。率直にいえば、この仕組みのまま制御通信を成立させるのは無理があるでしょう。
そこで生まれたのが産業用Ethernetです。到達時刻を確定できる周期通信と、μs精度の同期機能を備え、工場ラインでも制御に耐えうる通信を実現しました。
ここからはEtherCAT・PROFINET・EtherNet/IP・CC-Link IEの4規格を順に見ていきます。
EtherCAT・PROFINET・EtherNet/IP・CC-Link IEを一目で比較する
4規格の違いは、通信周期・同期精度・専用ハードの要否で大きく分かれます。ここではまず比較表と選定フローで全体像を押さえておきましょう。
個別の仕組みや実装のポイントは、このあと順に掘り下げていきます。
4規格の違い
4規格の差が最も開くのは、通信周期と専用ハードの要否です。
通信周期はEtherCATの≤100μsが群を抜いています。PROFINETはIRTで標準250μs(対応ハードで31.25μsまで短縮可)、RTでは〜1msまで開きがあります。モード選択で性格ががらりと変わる規格です。EtherNet/IPはCIP Motionで〜1ms、CC-Link IE TSNも250μs〜で、この2つは近い水準です。
同期精度はEtherCAT・PROFINET IRT・CC-Link IE TSNがいずれも≤1μsとほぼ横並びですが、EtherNet/IPはシステム構成に左右されやすい面があります。
最大ノード数はEtherCATが65,535台、CC-Link IE TSNが64,770台と上限が決まっています。PROFINETとEtherNet/IPには規格上の制限がなく、実用では数百台規模で使われるケースが多いでしょう。
専用ハードの要否に関しては、EtherCATは専用コントローラ(ESC)が必須で、標準スイッチは使えません。PROFINET IRTも専用ASICがいります。EtherNet/IPは標準ハードで動作でき、CC-Link IE TSNもTSN対応スイッチがあれば構築可能です。
スタックの手に入りやすさも、実装コストに効いてきます。EtherCATにはOSSのSOEM、EtherNet/IPにはOpENerがあり、初期検証を始めやすい環境でしょう。PROFINETはPI(PROFIBUS & PROFINET International)が公開するスタックが中心で、CC-Link IE TSNはCC-Link協会のSDKを使う流れです。
また、世界シェア(HMS Networks社 2024年調査)ではPROFINETが約23%でトップに立っています。EtherNet/IPが約21%、EtherCATが約16%と続きます。CC-Link IE全体ではグローバルで約3%にとどまるものの、国内では採用が広がっている規格です。
利用者による選定フローチャート
選定の出発点は「μs精度の同期がいるかどうか」です。いるならEtherCATがほぼ一択になります。
不要であれば、まずは工場や設備で現在使用されている産業用通信プロトコルを確認します。既存設備との接続性や保守性の観点から、現場で採用実績のある規格に合わせるケースが少なくありません。
そのうえで、ユーザが使用するPLCが対応する産業用通信と同一になることが多いでしょう。対応プロトコルが1つなら、選定はこの時点でほぼ決まります。複数に対応している場合は、標準スイッチをそのまま活かせるかどうかで最終的に分かれるはずです。
スタックのポーティングのポイント
対応する規格を選んだあとはスタックのポーティングに入りますが、ここで見落としやすい確認事項が4つあります。
- スタック内でのOS資源の使用状況
- 使用OSとの相性
- アプリケーション層がプロトコルのリアルタイム性を損なっていないか
- プロトコル側がアプリケーション層の応答性を阻害していないか
以下では、各通信プロトコルごとの特徴と実装上のポイントを記載します。
EtherNet/IPの特徴と実装上のポイント
EtherNet/IPは産業用Ethernetのなかで最も標準Ethernetに近い設計です。TCP/IPがそのまま共存でき、既存のネットワーク機器をほぼ流用できます。
ただしリアルタイム性ではほかの規格に一歩譲るところでしょう。
CIPベースのアーキテクチャ
EtherNet/IPはCIP(Common Industrial Protocol)がベースです。TCP/UDPで動くため、専用ハードなしでネットワークを組めます。
ただ裏を返せば、スイッチの遅延やOSの負荷をプロトコル側で吸収しきれません。そのため、サイクルタイムは〜1msあたりが実質的な限界でしょう。
実装のポイント(スタック選定・通信周期)
実装の入り口はスタック選定です。OSSのOpENerはEtherNet/IP対応のI/Oアダプタ向けスタックで、初期検証のコストを抑えやすいでしょう。
地味に効いてくるのがCIPオブジェクトの構成です。I/Oデータを束ねるAssemblyオブジェクトをどう割り当てるかで、スキャナとの接続効率が変わってきます。サイクルタイムは〜1msが実用上の目安です。
ただ、ノード数やデータ量が増えるとスイッチの負荷で遅延が膨らむため、余裕を持った設計がいります。
PROFINETの特徴と実装上のポイント
PROFINETはPI(PROFIBUS & PROFINET International)が管理するオープン規格です。特定のPLCメーカーやドライブとの親和性が高く設計されており、欧州の製造現場を中心に幅広く採用されています。RTとIRTで性格が大きく変わる点には注意が必要でしょう。
RT/IRTの2モード
PROFINETにはRTとIRTの2モードがあります。RTはソフトウェア処理で動き、標準のイーサネットコントローラだけで実装できます。
一方IRTはμs精度の同期を実現しますが、専用ASICまたはFPGAが必要です。ハードの制約が増える分、コストと設計の自由度はRTより狭まるでしょう。
実装のポイント(GSD・スタック選定)
RTモードであれば、ソフトウェアスタックだけで実装に入れます。専用ハードが不要な分、初期コストは抑えやすいでしょう。
もう一つ避けて通れないのがGSDファイルの作成です。GSDはデバイスの通信仕様を記述するXMLベースのファイルで、エンジニアリングツールがデバイスを認識するために必要になります。
記述の粒度がデバイスの使い勝手を左右することと、GSDファイルはPLCなどとの接続テストに必要になるため、実装初期から丁寧に設計しておくのが得策です。
EtherCATの特徴と実装上のポイント
EtherCATはベッコフオートメーション社が開発し、ETGが管理するオープン規格です。各ノードを通過する間にデータを読み書きする「オンザフライ処理」により、4規格のなかで最も高いリアルタイム性を備えています。
その分、すべてのノードに専用ハードがいる設計です。
オンザフライ処理の仕組み
まず、マスタが1つのフレームをネットワークに送り出します。その後、各スレーブはフレームを通過させながら、自分宛てのデータだけを読み書きします。フレームが1周して戻った時点で、全ノードのデータ交換が完了する仕組みです。
この処理を支えるのがスレーブ側に搭載するESCで、ASICやFPGAとして実装されます。マスタ側は標準のイーサネットポートがあれば動くため、Linux上のSOEMのようなOSSスタックで構成するのが一般的でしょう。
実装のポイント(ESC・DC同期)
スレーブ実装の最初の関門はESCの選定で、内蔵メモリやFMMUの数が機種ごとに異なります。次に、PDOマッピングでプロセスデータの配置を決める必要があります。マスタ起動時にこのマッピングが読み込まれるため、設計段階での詰めが甘いとあとから手戻りが出やすいでしょう。
もう一つ押さえておきたいのがDC(Distributed Clocks)同期です。DCが各ノードのクロックを1μs以下の精度でそろえ、出力タイミングのばらつきを抑えます。
CC-Link IEの特徴と実装上のポイント
CC-Link IE TSNはCLPAが策定した規格で、TSN技術を産業用ネットワークとして世界で初めて採用しました。
1Gbpsの帯域で制御通信とIT通信を共存させ、スマートファクトリーの基盤を担う設計です。
TSNベースのアーキテクチャ
TSNの核はIEEE 802.1ASによる時刻同期と、802.1Qbvによるスケジューリングです。全ノードの時刻を1μs精度でそろえ、通信帯域をタイムスロットに区切ります。このとき分割により、制御データとIT系トラフィックを衝突なく流せる仕組みです。
TSNは標準Ethernet規格を拡張した技術であり、既存のEthernet資産を活かしやすい設計です。ただし、高精度同期を保証するシステムを組む場合はTSN対応スイッチが必要になります。
実装のポイント(CSP+・対応デバイス選定)
CC-Link IE TSN対応機器を開発する際、まず決めるのが認証クラスです。Class Aはソフトウェアスタック中心の低コスト実装、Bは専用ASIC/FPGAによる高精度同期に対応します。デバイスの機能を定義するのがCSP+で、パラメータやメモリマップをXMLで記述するプロファイルです。
CC-Link協会の認証を受けた複数のサードパーティベンダからもSDKが提供されており、参入のハードルは下がってきています。
産業用Ethernetの選定基準
選定の出発点は制御周期の要件です。μs精度の同期が必要ならEtherCATが第一候補になるでしょう。ms単位で足りるならEtherNet/IPやPROFINET RTも視野に入ります。
もう一つの軸は開発リソースです。EtherCATのESCやPROFINET IRTの専用ASICのように、ハード開発をともなう規格もあります。一方、EtherNet/IPやCC-Link IE TSN Class Aはソフトウェアスタックでの実装が可能です。
この2軸を照らし合わせれば、候補は絞り込めます。万能な規格はないため、どこに重心を置くかは現場の判断です。


