画像処理だけでなく私たちの生活の中で当たり前に使われるようになったカメラですがその誕生起源についてご存知ですか?カメラ誕生から現在主流となったデジタルカメラまでの進化の歴史をご紹介します。
カメラ画像の起源は紀元前、「暗い部屋」を意味するカメラオブスキュラ(CameraObscura)に遡ります。カメラオブスキュラは、ピンホールカメラの様に暗所に差し込む光が上下逆転した被写体を映し出す仕組みです。ピンホールカメラと同じ原理です。やがて16世紀頃から、レンズと暗箱、反射鏡を組み合わせて、風景や肖像をスケッチする道具として利用されます。
1839年、フランスのダゲールが銀板写真機・ダゲレオタイプを、続いてイギリスのマドックが写真乾板を発明します。日本人最古の写真も、このダゲレオタイプで撮影したと言われています。
こうして、被写体を人間の手で写し取る時代から、感光材料を利用して撮影画像を記録するカメラ時代が始まりました。
カメラの誕生から170年余、画像を記録する感光材料は変遷を遂げてきました。
銀板から湿板、乾板を経て、1枚ずつ撮影コマを巻き上げるロールフィルムが登場します。16mmや4×5cm、6×6cm、撮影コマが2倍になるハーフサイズカメラなど、サイズに合わせて多様なフィルムカメラが開発されました。
銀塩カメラとも呼ばれるのは、塩化銀など化合物の感光によって画像が記録されるためです。最も普及したのは、映画フィルムの標準サイズだった135フィルム(35mm判)のカメラです。カラーの発色に優れたリバーサルフィルムは、スライド画像にも利用されました。
正解は○○が大衆、□□は小型です。
カメラの電子化の歴史は意外と古く、1950年代には電子制御の自動露光計が開発されています。
シャッタースピードや絞り値を調整する煩わしさから解放し、オートフォーカス(自動焦点)やオートストロボも追い風となって、カメラは次第に大衆化するようになりました。電子制御回路もトランジスタからICへと移行して、小型化が進みます。
大衆化と小型化の流れは、デジタルカメラの登場でさらに加速していくことになります。
フィルムカメラが全盛の1980年代に開発されたのが、デジタルスチルカメラです。
DPE(現像、焼付け、引き伸ばし)が不要で、撮影画像を液晶モニタですぐに確認できる便利さは、大衆の心をとらえます。登場からわずか20年足らずで生産台数と出荷台数ともにフィルムカメラを追い越し、主役の座を奪いました。
撮影した被写体画像は、光を検知する半導体イメージセンサ(撮像素子)・フォトダイオードで画素になります。
例えば、500万画素のデジタルカメラは、500万個の微小なフォトダイオードによる画像データということです。
最大の違いは、撮像(撮影した被写体画像)を記録するプロセスにあります。
銀塩カメラのフィルムは「撮像=記録」の一人二役です。一方、デジタルカメラの撮像素子は「撮像→半導体メモリに記録」と役割分担しています。フィルムを巻き上げないと同じコマに複数の撮像が記録されたり、画像データを消去すれば何度でも記録メモリを使えたりするのは、そのためです。
また、フィルムカメラは撮像をそのまま記録しますが、デジタルカメラは撮像を記録する前にサンプリング(露出の変化を一定に数値化)するので、安定した再現性の高い画像データを得ることができます。
デジタルカメラは、フォトダイオードをより高い感光度にするCCDイメージセンサ(Charge Coupled Device・電荷結合素子)によって進化を続けています。
小型の顕微鏡カメラやカメラ付きケータイ、コンパクトデジカメ、大型のデジタル一眼レフカメラまで、CCDはさまざまなカメラに利用されています。また、天体撮影やセキュリティー監視など幅広い用途に応じた機能性を実現し、オートフォーカスや露出制御などにも利用されています。
さらに最近では、2つのレンズとCCDカメラで、人間の両眼に相当する撮像を記録する3D(3次元)カメラも登場しています。暗視カメラなどに利用されてきたCMOSイメージセンサの利用も増えています。