CHAPTER 1測定機の基礎知識

計量トレーサビリティ

製品のトレーサビリティが、「その製品がいつ、どこで、だれによって作られたのか」を明らかにするのに対し、計量トレーサビリティでは「その測定器が、どのような標準器で校正されたのか」を明らかにします。
「計量トレーサビリティ」とは、一般的に「測定結果が、国際または国家標準のような適切な標準に対して切れ目のない比較の連鎖によって関連付けられる」ことです。つまり、現場での測定結果が国家標準に沿っていることを意味します。
ここでは、このような計量トレーサビリティの必要性と仕組み、さらに計量トレーサビリティの証明に必要な手続きと書類について説明します。

計量トレーサビリティの目的

経済活動のグローバル化に伴い、世界各地で製造した部品を購入して製品を製造する場合、測定器の精度の基準が不統一では製品の品質が安定しません。
そこで、基準をどこかに決めて統一的に管理することで、出所の異なる部品でも一定の品質であることを証明し、部品調達の効率を図ることを目的として導入された考え方が計量トレーサビリティです。

校正とトレーサビリティ

測定器の正確さは、「正確な標準(標準器)との比較(校正)」によって証明できます。標準器は、国家当局が国家または経済圏で用いるように承認した測定標準で、国家計量標準に則っています。 そして、校正とは、標準器が表示する値と校正される機器が表示する値の関係を求めることです。
標準器には、1次標準(国家計量標準)、2次標準、3次標準(実用標準)があります。計量トレーサビリティは、1次標準である国家計量標準で校正されている2次標準や3次標準での校正の連鎖により確立されます。

計量トレーサビリティの概念

計量トレーサビリティの構成要素

計量トレーサビリティは、ISO/IEC Guide 99:2007「国際計量計測用語-基本及び一般概念並びに関連用語(VIM)」において、次のように定義されています。
「個々の校正が測定不確かさに寄与する、文書化された切れ目のない校正の連鎖を通じて、測定結果を計量参照に関連付けることができる測定結果の性質。」
具体的には、以下の要素で構成されています(ISO/IEC Guide 99:2007 2.41注記7)。

  • 切れ目のない校正の連鎖
  • 測定の不確かさ
  • 校正技術
  • 文書化(校正証明書や基準機検査成績書など)
  • 適切な周期での再校正(校正周期)
  • 国際単位系(SI)の使用

計量トレーサビリティの国際相互承認

わが国の国家計量標準は、産業技術総合研究所 計量標準総合センター(AIST/NMIJ)が管理しています。そして一般に、国家計量標準から現場で用いる実用標準までの比較の連鎖は、2次標準や3次標準を持つ校正事業者が担っています。
一方、海外の国家計量機関は、国際度量衡委員会(CIPM)などの国際研究機関による「国際標準」や各国の研究機関による「各国標準」などに連なっています。また、CIPMの下には国際度量衡局(BIPM)という研究組織があり、国際単位系(SI)に関する基盤研究を行っています。
世界各国の国家標準は、国家間で比較し正確さを確認し合います。これを「国際比較」といいます。また、グローバル社会で円滑な通商の推進のため、各国の校正事業者が国際試験所認定協力や国際相互承認協力などで計量トレーサビリティを構築することにより、各国で測定した結果が同等であると互いに受け入れる仕組みができています。これを「国際相互承認」といいます。そして、国際相互承認により国際的な計量トレーサビリティが確立することで、測定データが世界のどこでも同じであることが保証されます。

計量標準での国際相互承認の概念

計量トレーサビリティを証明する書類
(校正証明書・基準器検査成績書・トレーサビリティ体系図)

計量トレーサビリティを証明するには、「校正証明書類」が必要です。校正証明書類には以下の文書があります。

これらは、計測機器の「トレーサビリティ3点セット」ともいわれ、取り引きの際に必要な書類と、顧客から提出を求められて必要となる書類があります。

校正証明書

校正証明書は、測定器の定期メンテナンスと合わせて校正を依頼した際、返却時に添付される書類です。校正を担当したメーカーや事業者が、明確に校正を行ったことを証明する判断基準にもなります。
ISO9001規定で、測定器を定期的に校正することにしている場合や、作業報告データへの測定値への信頼性向上を求められる場合に必要になります。JCSSなどのロゴが付いた校正証明書とロゴのない校正証明書があります。

校正証明書

基準器検査成績書

基準器とは、特定計量器の検定を行う際の信頼性を確保・維持するために基準となる計量器のことです。
特定計量器は取引または証明における計量に使用する計量器で、一般消費者の生活に使用する計量器の中でも、適正な計量であることを保証するために構造や器差が定められています。
特定計量器は、基準器を用いて検定を行うことを計量法により義務づけられています。そして、特定計量器で校正したことを証明する書類が基準器検査成績書です。

検査成績表

トレーサビリティ体系図

トレーサビリティ体系図とは、計測器の正確さを比較の連鎖によって国家標準にまでつなげる(トレースできる)仕組みであるトレーサビリティの構造(トレーサビリティ体系)を図にしたものです。
トレーサビリティ体系図は、外部校正先が信頼できる会社である場合、校正証明書として必要はありません。外部校正先の信頼性は、校正先が

  • ISO 9001やISO/IEC 17025を取得している
  • 校正証明書を発行が可能
  • トレーサビリティ体系の構成

などを確認することで可能です。
しかし、監査などに際しトレーサビリティ体系図があると、トレーサビリティシステムの説明が容易になるため、準備しておいた方が良いでしょう。

トレーサビリティ体系図(チャート)

計量トレーサビリティ書類の機能

校正証明書や標準検査機成績書、トレーサビリティ体系図などは、JCSSのロゴの有無や、他の書類との組み合わせによって、証明できる内容が異なります。国家計量標準などへのトレーサビリティの説明の際に必要となる書類を以下に紹介します。

書類名 証明できること
校正証明書(JCSSなどのロゴ付) 単独で証明することができる。
校正成績書(JCSSロゴなし)
基準器検査成績書(JCSSロゴあり)
複数の書類を組み合わせることで、証明することができる。
校正証明書(JCSSなどのロゴ付):
校正証明書にJCSSのロゴが付いていると、ISO/IEC 17025が定めた要求事項を満たし、国家計量標準などにトレーサブルな校正であることの証明になります。したがって、この書類があれば計量トレーサビリティを証明することができます。
校正成績書(JCSSロゴなし)、基準器検査成績書(JCSSロゴあり):
校正証明書にJCSSのロゴがないと、国家計量標準などにトレーサブルであることの証明にはなりません。この場合、該当の測定器の校正に使用した基準器や上位の標準器などの基準器検査成績書または校正証明書にJCSSのロゴが付いていれば、国家計量標準などにトレーサブルであることが証明できます。

JCSS(Japan Calibration Service System)とは

「校正事業者認定制度」のことで、「計量標準供給制度」と「校正事業者登録制度」で構成されています。計量標準供給制度とは、校正事業者が現場で使用する2次標準、3次標準の標準器を供給する制度のことで、国家計量標準との繋がり(計量トレーサビリティ)を確立します。また、校正事業者登録制度とは、校正事業者を登録・管理する制度で、審査により登録が認められた事業者は、JCSS登録事業者の証としてJCSS標章の入った校正証明書を発行することができます。
JCSSは、APAC(アジア太平洋認定協力機構)およびILAC(国際試験所認定協力機構)の相互承認(MRA)に参加しています。このため、JCSSに登録されている校正事業者による校正は、世界中どこでも受け入れらます。

社内で測定機器の校正を行うには

「上位標準器」「校正環境」「人員と測定機器管理」などが整っている場合、社内で校正を行うことができます。ここでは、自社の測定機器を社内で校正する場合に必要な機器や人員、注意すべき点について説明。さらに外部業者による校正と自社での校正の違いについても解説します。

上位標準機とは

校正する機器より高い精度の標準器なら、上位標準機として使用することができます。たとえば、最小表示が0.001のマイクロメーターの精度は1/1000mmです。このマイクロメーターの校正には、1/10000mmの精度でできているマイクロメーターが上位標準器として使用できます。なお、上位標準器を実用測定器として日常の測定に使うことはできません。

校正環境

測定室(恒温室)が必要です。たとえば、ブロックゲージなど長さ測定室の環境条件は20℃です。これは、世界のブロックゲージの標準温度であり、部屋の温度だけでなくブロックゲージそのものも20℃でなければなりません。
上位標準機には、それぞれ決められた温度条件があります。このため、測定室の温度を正しく設定するには、上位標準機の表面温度と熱膨張係数を正しく調節し、環境を設ける必要があります。

人員と測定機器管理

まず、社内に校正員が必要です。それには、社内で校正の技術を習得するための教育を実施し、校正員として認定する制度が必要です。また、部署の異動などにより、校正員が変わっても短期間で技術を習得できるようなマニュアルや、機器管理リストなどの整備も必要です。
機器管理リストは、「品名」「型式」「シリアルナンバー」「管理ナンバー」などの一覧です。中でも管理ナンバーは工場名や部署名、ライン名、測定機器番号を記載したリストで、これにより測定機器を使用する工場や部署が変わっても管理することができます。また、校正を実施する周期(校正周期)も機器管理リストに記載しておくと良いでしょう。

外部業者での校正と自社での校正の違い

自社での校正は、計量管理の国際標準であるISO10012-1、-2に基づいて書かれているISO9001の「トレーサブル」やISO14001の規格の意図に対して不適合であるとの意見があります。
しかし、一般に校正周期は安全側に短く決めるため、その都度校正を外部業者に依頼することは効率的ではありません。そこで、社内で頻繁に校正することで、測定器の性能劣化を追跡管理します。
社内での校正を点検とし、社内での校正で異常の兆候が見られた測定機器を外部業者で校正することで、測定器と測定値の信頼性を高めることができます。
このように、外部業者による校正と社内での校正を使い分けることで、低コストで効率の良い計量トレーサビリティの実現が可能になります。

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